日 時 | 2014年12月20日(土) |
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場 所 | テクスピア大阪 |
参加者 | 105人 |
12月20日(土)大阪南地域協議会 労組役員研修会と地域フォーラム設立総会を、議員・候補者・大阪南の役員・各単組役員総勢105名の方に参加を頂き開催致しました。
第1部の労組役員研修会では尾立源幸参議院議員の「国政報告」と、川口清一連合大阪顧問の「正しい政治活動」の講演を頂きました。
尾立議員からは①総選挙を振り返って(新年早々の民主党代表選挙の行方etc)、②アベノミクスの真実(企業に優しく労働者に厳しい安倍政権の裏側etc)、③消費税軽減税率についての詳しい説明があり、4月の統一地方選挙を控えこの時期に民主党が何を目指しているかが確認出来たのではないでしょうか。
そして川口顧問からは労働組合の役割とその存在意義、そしてなぜ労働組合が政治活動に取り組まなければならないかを教えて頂き、私たちの活動が再認識できた講演でありました。
第2部は連合大阪が先の11月29日に設立した「連合大阪政策・政治フォーラム」を受けて、地域においても「地域フォーラム」の立上げが急がれているため、大阪南地域協での設立総会を研修会と同時開催させて頂きました。
基本的に会則も運営要綱も連合大阪に準じるものですが、協議事項1として地域としての「会則案」を作りました。働くことを軸とする安心社会の実現にむけて連合大阪政策・政治フォーラムで確認された内容を周知し、会員相互の意見交換を行い、大阪南地域における政策・政治活動に繋げることを目的として来春の統一地方選挙を含む各種選挙にも大いに活用していきたいと考えます。
協議事項2では「予算案」、協議事項3として佐々木代表幹事を始めとする各級議員と大阪南役員による「役員体制案」(詳細略)を提案し、協議事項1~3までが満場一致で可決されました。
尚、当日は会員(大阪南役員、議員、候補者)以外の単組役員の方々にも、このフォーラムが広く浸透することを願って、オブザーバーと言う形で参加をして頂きました。
そのあと開催された懇親会では産別の枠を超え、選挙のみに係らず何事にも共に結束するという「力合わせ」の会が出来たのではないかと思っています。
最後に、労組役員研修会・地域フォーラムの開催に当たりましては、各地区協、及び各単組役員の皆さんにも多大なご協力を頂きましたことに深く感謝を申し上げます。ありがとうございました。
(事務局長 宮田浩二)
日 時 | 2014年12月12日(金) |
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場 所 | 貝塚市市民福祉センター |
参加者 | 役員16名,代議員24名 |
委員会議長 | 日教組 泉南地区教職員組合 荒木 さん |
泉南地区協議会は12月12日貝塚市市民福祉センターにおきまして第5回地区委員会を開催いたしました。
総会は役員16名代議員24名の参加で成立し、第25年度活動経過報告、決算・会計監査報告、第26年度補強方針(案)、第26年度予算(案)、役員の一部交代について、第5回地区委員会決議(案)が満場一致で可決されました。
また、今大会で退任された以下の方々へ感謝状を贈呈いたしました。
【退任役員】
監査(兼)幹事 村上 常治さん(南海電気鉄道労組)
幹事 甲斐 裕二さん(貝塚市労連)
幹事 向井 大輔さん(水間鉄道労組)
幹事 蔵野 和広さん(田尻町職員組合)
幹事 奥村 光男さん(熊取町職員組合)
日 時 | 2014年12月12日(金) |
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場 所 | 貝塚市市民福祉センター |
参加者 | 11人 |
12月12日(金)18時より貝塚市市民福祉センターにてOB11名参加のもと、泉南地区役員OB会設立総会が開催されました。次第は以下の通りです。
<次第>
1.開会挨拶(司会進行)連合大阪泉南地区協議会 事務局長 小川正純
2.発起人挨拶
連合大阪泉南地区協議会 議長 宮﨑 孝行
3.来賓挨拶
連合大阪大阪南地域協議会役員OB会 会長 中西 喜夫
4.泉南地区協議会役員OB会運営要綱(案)
5.役員選出(案)
会 長 有馬 政之(前議長・JAM)
事務局長 田村 善行(元議長代行・JAM)
幹 事 村田 修(元副議長・電力総連)
阪本 光司(元事務局次長・日教組)
山本 武彦(元幹事・私鉄総連)
泉尾 正義(元事務局長・自治労)
6.役員代表挨拶 会長 有馬
政之
7.堺地区協議会役員OB会運営要綱の確認
8.活動方針(案)
①OB会役員の相互の親睦と交流を図り豊かな生活を創造する。
②連合大阪泉南地区協議会の発展と諸活動の協力を推進する。
・メーデーの参加・各級選挙協力と政治活動の支援
・クリーンキャンペーン等の参加協力等
③その他、連合大阪南地域協の役員OB会との連携協力
9.閉会挨拶 幹事 泉尾 正義
日 時 | 2014年12月12日(金) |
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場 所 | テクスピア大阪 |
参加者 | 役員20名,代議員36名 |
委員会議長 | JP労組泉州北支部 佐藤さん |
私たち泉州地区協議会は12月12日(金)テクスピア大阪におきまして第5回地区委員会を開催いたしました。地区委員会は役員20名代議員36名の参加で成立し、経過・活動報告、決算・会計監査報告、第26年度運動補強方針・予算・役員体制が「異議なし」の声と満場の拍手で可決されました。
泉州地区協議会は23年度より、予算科目を上部団体の予算科目に合わせることと、労働福祉事業会計を新たに設けることとしました。この特別会計は行政からの労働者福祉事業に対する補助金の使われ方の「見える化」を図ることを目的とした会計です。各自治体において行財政改革が進む中、行政に向けて補助金の使われ方を明確にするとともに地区協議会の活発な活動の報告を行うことにより、労働者福祉に対する理解と、更なる充実を求めるためです。26年度についても引き続きこの方向性を踏襲し、予算科目の運用について更に連合大阪の運用に合わせることとしました。定期総会では、22年度より結成された行事運営実行委員会を基軸に、労働福祉事業活動の充実に引き続き取り組むことと、政治活動としては、民主党の責任ある応援団として、これまでと同様の支援を行うことが確認されました。
この定期総会におきまして、5名の方々が退任され、表彰規定によりその功労を称え表彰が行われました。
連合泉州は、愛のある‐[絆]-で繫がった地区協を目指し地道な活動を展開しています。今後ともよろしくお願いいたします!
【退任役員】
副議長 丸谷 幸男さん(南海電気鉄道労組)
副議長 高野 佳人さん(住友ゴム労組)
副議長 石井 貴伸さん(関西電力労組)
幹事 猪原 田鶴さん(関西競走労組)
幹事 廉林 健吾さん(朝日加工労組)
日 時 | 2014年12月12日(金) |
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場 所 | テクスピア大阪 |
12月12日(金)テクスピア大阪にて16名参加のもと、泉州地区役員OB会設立総会が開催されました。次第は以下の通りです。
<次第>
○解散総会 18:00~18:10
2008年11月発足の泉州地区OB会(泉州地区役員経験者のみが対象)を発展的に解散。
○設立総会 18:30~18:50
旧泉北・岸貝地区役員経験者を含む新たなOB会を設立。
1.開会挨拶(司会進行) 和田 泰延
2.泉州地区協議会役員OB会運営要綱(案)
3.役員選出
会長 金子 豊光(泉北地区協議会3代目議長,泉州地区協議会初代議長)
副会長 和田 文秀(前泉州地区OB会会長)
坂下 善久(泉北地区副議長)
事務局長 和田 泰延(岸貝地区事務局次長,泉州地区初代事務局長)
顧問 西山 弘(泉北地区初代議長)
西野 武一(岸貝地区初代議長)
相談役 富川
彰(岸貝地区2代目議長)
4.役員代表挨拶 会長 金子 豊光
5.活動方針(案)
①OB会役員の相互の親睦と交流を図り豊かな生活を創造する。
②連合大阪泉州地区協議会の発展と諸活動の協力を推進する。
・メーデーの参加・各級選挙協力と政治活動の支援
・クリーンキャンペーン等の参加協力等
③その他、連合大阪南地域協の役員OB会との連携協力
6.閉会挨拶 顧問 西野 武一
日 時 | 2014年11月28日(金)16:00~ |
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場 所 | ホテル第一堺 |
参加者 | 役員20名,代議員65名 |
委員会議長 | UAゼンセン 大阪ガス労組南部支部 阿部 さん
電機連合 コニカミノルタ労組 地大 さん |
11月28日(金)16時より、ホテル第一堺において、役員20名、代議員65名が出席し、連合大阪堺地区協議会第5回地区委員会を開催しました。
地区委員会では、第26年度補強方針(案)、第26年度予算(案)、第5回地区委員会決議(案)、第18回統一地方選挙勝利に向けた特別決議(案)など、5つの議案について審議し、全議案を満場一致で可決決定しました。
また、長きにわたって堺地区協議会にご尽力いただき、今期で退任された4名の役員の方に対し、その功績を称え表彰を行ないました。
【退任役員】
副議長 越智 要さん(ステラケミファユニオン)
副議長 尾崎 拓司さん(新日鐵住金和歌山労組)
幹事 狼谷 將之さん(シャープ労組堺支部)
幹事 林 正さん(西日本旅客鉄道労組)
日 時 | 2014年11月28日(金)17:00~ |
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場 所 | ホテル第一堺 |
11月28日(金)17時よりホテル第一堺にて25名参加のもと、堺地区役員OB会設立総会が開催されました。次第は以下の通りです。
<次第>
1.開会挨拶(司会進行) 池口敏雄
2.連合大阪堺地区協議会OB会設立発起人紹介
【藤原 広行/高橋 宣久/清水 謙一/一瀬 幹雄/池口 敏雄】
3.発起人代表挨拶 一瀬幹雄
4.来賓挨拶
連合大阪大阪南地域協議会役員OB会 会長 中西 喜夫
5.役員選出
会長 高橋 宣久
副会長 清水 謙一
副会長 一瀬 幹雄
事務局長 池口 敏雄
顧問 戸田 啓義
6.役員代表挨拶 会長 高橋宣久
7.堺地区協議会役員OB会運営要綱の確認
8.活動方針(案)
①OB会役員の相互の親睦と交流を図り豊かな生活を創造する。
②連合大阪堺地区協議会の発展と諸活動の協力を推進する。
・メーデーの参加・各級選挙協力と政治活動の支援
・クリーンキャンペーン等の参加協力等
③その他、連合大阪南地域協の役員OB会との連携協力
9.閉会
日 時 | 2014年11月22日(土)9:30~13:30 |
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場 所 | 岸和田市 北阪園 |
参加者 | 587人 |
11月22日土曜日、岸和田市の北阪園で泉州地区ファミリーイベント「みかん狩り」を開催しました。当日は11月としては暑いぐらいの好天となりました。このイベントは連合泉州地区協に結集する組合員とその家族の恒例行事として定着しており、今年も587名、195家族の参加を頂きました。
内容としては、みかん狩りの他に大根・芋堀りが楽しめ、昼食にはお弁当、今年は関西競走労組と泉大津市臨時嘱託職員労組手作りの豚汁や北阪園特製おでんも提供されました。
更に、みかんや自家製のお漬物が当たる大抽選会、極めつけはこれも恒例となりました「マグロの解体ショー」&即売会等、盛り沢山のイベントを行いました。参加された皆様には休日の1日を十分に楽しんでいただけたことと思います。
また、お忙しい中大阪南労福協の牟田副会長・宮田事務局長も駆けつけていただき、地区の労働者福祉事業として定着したファミリーイベントを見守って下さいました。
連合泉州地区協としては、このイベントが各単組の福利厚生行事の一助になればとの思いで例年開催しています。当初は100名規模でしたが今では500名を超える規模となり、大阪南地域労福協のご理解を頂き補助金が適用され、協賛事業として運営されております。
大阪南地域労福協の財政難のなか、今回から補助金が半分に減額されましたが、今後とも、創意工夫を凝らして継続して続けていきたいと考えますので宜しくお願いします。
最後にイベントを取り仕切っていただいた田中副議長をはじめ、駐車場整理でご奮闘頂きました連合泉州役員の皆様、お疲れ様でした。
日 時 | 2014年11月11日(火)~12日(水) |
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場 所 | 大阪南管内 |
全国横断アピールリレーとは?(連合HPより抜粋)
【労働者派遣法改正案】【ホワイトカラー・イグゼンプション】
これらの労働者保護ルールを改悪することは、労働者の将来不安を招くものであり、ますます格差社会拡大につながる。加えて、長時間労働によるワークライフ・バランスを壊すことの要因ともなりうるものである。
したがって連合は「生涯派遣で低賃金を払拭」「残業代NOより過労死ゼロ」をスローガンに掲げた労働者保護ルール改悪阻止に取り組む、STOP THE 格差社会!「全国縦断アピールリレー」を行い運動の輪を広げ、安心社会の実現を訴えていきます。
東コースは北海道、西コースは沖縄を起点とし、全47都道府県にタスキをバトンにして繋げゴールの東京を目指します。≪大阪南地域協議会編≫
<11日(火)>
18:00~19:00 タスキ引き継ぎセレモニー
和歌山からのタスキを受け、大阪府内でのアピールリレーがスタート!
堺市役所前では連合大阪・連合本部・連合和歌山からのアピールや、堺東商店を練り歩きました。
<12日(水)> 大阪南地域協議会~河内地域協議会~北河内地域協議会
9:00~13:00 自転車によるタスキリレー及び街宣活動
【ルート】泉佐野市役所→南海岸和田駅→JR和泉府中駅→堺市役所→美原区役所
ルート沿いのJR東岸和田駅、南海岸和田駅、南海泉大津駅、JR和泉府中駅、南海堺駅、南海堺東駅でそれぞれ街宣車による広報活動を行いました。
11日は堺市役所前にてセレモニーを行い、連合大阪,大阪南地域協,3地区協(堺・泉州・泉南)の役員、大阪南の推薦議員,推薦候補者他、沢山の方にご参集頂きました。
セレモニーは連合大阪山﨑会長の挨拶で始まり、駆け付けてくださった連合本部倉永局長より激励のお言葉を頂いた後、連合和歌山の小林会長から力強いメッセージと共に無事!連合大阪にタスキがバトンタッチされました。
沖縄をスタートし、九州・中国・四国を経た連合の仲間の汗と思いが託されたタスキを山﨑会長が肩にかけられ、大阪南地域協議会三役共々堺東商店街をアピールパレードし、同時に街頭活動(ティッシュ配布)をして終了しました。
12日は泉佐野市役所に舞台を移し、佐々木議長の激励の言葉を胸に泉南地区協から選抜されたタスキリレー走者の3人(山中武彦さん、岡本敏郎さん、松本貴仁さん)の皆さんがさっそうと自転車にまたがり、次の中継所へとペダルを漕いで力強く出発をされました。(走行距離約9km)
約40分後には南海岸和田駅に到着し、次の走者である泉州地区協(藤原一也さん、田中政和さん、露口誠さん)に引き継がれました。(走行距離約7km)
順調なペースでリレーは運び、これも時間通りJR和泉府中駅で次の堺地区協の走者5人(吉田大輔さん、豊岡耕作さん、木村大介さん、猪井常二さん、大部祐貴さん)に引き継がれ、一路堺東へと自転車は進められました。(走行距離約12km)
堺市役所にも予定時間ピッタリに到着し、河内地域協議会への引き継ぎ場所である美原区役所までの最終走者(木村大介さん、猪井常二さん、大林妙子さん、ボランティア1名)に大阪南地域協の「熱い思い」が託されて、大阪南地域エリアでのタスキリレーは無事に終了致しました。(走行距離約8km)
通常の出勤日にも関わらず、このリレーにご参加を頂きました走者の皆さんを始め、応援に来て頂きました皆さん、そしてこの行事にご賛同を頂きご協力を頂きました産別の労使の皆さんに感謝を申し上げます。
日 時 | 2014年11月7日(金) |
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場 所 | ホテル第一堺 |
参加者 | 代議員79名,役員21名 |
委員会議長 | 情報労連 NTT労組 大上 博司 さん
私鉄総連 南海バス労組 中井 俊宏 さん |
次第
<報告>
第25年度活動経過報告
第25年度会計決算報告及び会計監査報告
<議案>
第1号議案 第26年度補強方針(案)
第2号議案 第26年度予算(案)
第3号議案 運営規則の一部改正(案)
第4号議案 役員の一部交代について
<決議>
第5回地域委員会決議(案)
第18回統一地方選挙での勝利に向けた特別決議(案)
2014年11月7日(金)ホテル第一堺にて第5回地域委員会を開催しました。
佐々木議長の主催者挨拶を皮切りに、連合大阪山崎会長、竹山堺市長、大阪府総合労働事務所
藤原所長、民主党大阪府連副代表 中井堺市議会議員よりご祝辞を頂戴しました。また、近畿労働金庫、全労済大阪府本部、大阪南OB会からもご来賓の方々に駆けつけて頂きました。更には来年春に施行予定の統一地方選挙各候補者にも沢山お越し頂き、大会に華を添えて頂きました。
そして大会では、連合が提唱する「働くことを軸とする安心社会の実現」のスローガンを下に、大阪南地域協議会のこれからの方針展開を確認致しました。
活動の経過報告では、この1年間で4つの小委員会(組織強化、政策、社会貢献、研修)のそれぞれの課題が具体的に実行に移され着実に成果を上げたことを報告し、特に研修小委員会ではユニオンユースセミナーなどの大きなテーマについては、他の小委員会と共同開催をして全員体制で取組んだことを報告致しました。
政策制度要請の取組みでは、それぞれの自治体の政策、予算に対する要請内容に基づき、各地区の支援議員との協議の上、独自要請を含めた要求内容を首長に要請をし、一定の成果を上げたことと、初めての試みとして9市4町の首長との政策懇談会を企画しましたが、再開催を含め2度も台風で延期になったことを報告致しました。このことは今後、補強方針にも加え毎年実施して各市町の諸課題解決に向け、連合とより連携強化を図ることを確認しました。
また本年度は大阪南地域協議会が結成25周年という節目の年に当たり、記念事業として「ベトナム視察研修」を実施し参加者の皆さんにはそれぞれに見聞を深めて頂きました。
更に3地区へ寄贈した「ポータブルワイヤレスアンプ」を、地区行事に役立てて頂くことをお願い致しました。
また、今回の地域委員会をもって退任される中野議長代行におかれましては、この1年佐々木議長の補佐役を担って頂き、献身的にご活躍を頂いたことに敬意を表すると共に、今後のご活躍を祈念したいと思います。後任の木村議長代行には、途中からではありますが、中野議長代行の後を引き継ぎ大阪南の発展にご尽力を頂くことをお願い致します
<本地域委員会での退任者・新任者>
退任:中野議長代行(自治労 泉南市職員組合)
原幹事(基幹労連 IHI労働組合連合会)
新任:木村議長代行(自治労 阪南市職員組合)
石橋幹事(基幹労連 山九労連関西西労組)
今年は中間年という事で2年サイクルの後半年のスタートを切りましたが、向こう1年間は地域委員会で確認した取り組みの仕上げ、そして私たちを取り巻く諸情勢の変化に対応すべく運動方針の補強を行って参りますので引きつづきご協力をお願い致します。
日 時 | 2014年10月30日(木)17:00~19:30 |
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場 所 | シティホテルサンプラザアネックス |
参加者 | 44人 |
2014年10月30日(木)17時から、シティホテルサンプラザアネックスにおいて、連合大阪大阪南地域協議会 役員OB会 第6回 定期総会が、現役8名を含む44名の皆さんの参加により開催されました。
冒頭、中西OB会会長から、会員の皆さんの日頃の活動への御礼と共に、次のような挨拶がありました。①連合本部への提言②統一地方選挙で1人でも多くの支援議員を増やす③9市4町の首長と連合との絆を強くして地域地区のために大きな力を発揮してもらう④大阪南のOB会結成6年、地区OB会の結成間近、更に充実。更には、現役への協力に対するお礼など、感謝の言葉で総会がスタートしました。
大阪南地域協議会 佐々木議長からは、日頃の活動において現役への惜しみない協力への感謝の挨拶がありました。また、今年5月にわずか16票差で勝利した泉南市長の竹中市長も駆けつけて頂き、当選の御礼の言葉がありました。
奥事務局長からは、この1年間の経過報告と、これから一年間の活動計画・予算などが提案され、承認されました。
また、来年4月に施行される統一地方選挙の候補の紹介・本人挨拶などもあって、我々の声を反映して頂ける候補者への支援が呼びかけられました。
第4号議案の役員(案)については下記の選出が提案され可決されました。
<OB会三役>
会長 中西 喜夫
副会長 森本 實
事務局長 奥 泰孝
懇親会では、各推薦候補者がそれぞれのテーブル1人ひとりと挨拶を交わし、改めて来年の統一地方選挙への意気込みと、勝利に向けたスタートが切られた感じがして、現役の役員としても身の引き締まる思いがしました。会員の皆さんも、それぞれに日頃の生活の報告をされながら、話に花を咲かせているのが印象的でした。
これからも、会員の皆さんが趣味に仕事に益々お元気でご活躍されますことを、心からお祈り申し上げます。
日 時 | 2014年10月25日(土)12:00~14:00 |
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場 所 | 泉南市 岡田浦漁港 |
参加者 | 118人 |
昨年に引き続き、クリーンキャンペーン終了後に泉南地区ファミリーイベントを開催しました。
津田副議長の乾杯にあわせ、早速バーベキューを開始。昨年の教訓を活かし各自で食材を用意して頂いたので、今年は岡田浦漁港自慢のタコ飯が余ってしまうほどでした。
また、途中で推薦議員の皆さんも駆けつけて下さり、お決まりの「団結ガンバロー」で絆を深めました。
バーベキューが落ち着いてから、お楽しみの抽選会を実施。最初に当たったのがなんと連合大阪の岩﨑さん!と驚いていたら、実は大阪南宮田事務局長の番号だったとか。(不在にしていたので岩﨑さんが出て来られたそうです。)
その後はちゃんと子ども達にも当たり、賞品数も多いことから大いに盛り上がりました。
来年は更に良いイベントにして行きたいと思っていますので、ご参加よろしくお願いいたします。
堺地区・泉州地区は2014年11月1日(土)実施予定でしたが、雨天の為やむなく中止となりました。
ただし、例年行っているエコキャップ運動については予定通り実施し、ご協力頂いた方へ花の種をお渡しさせて頂きました。
○堺地区協議会(堺地域労使会議主催)
予定実施場所:堺市 大和川河川公園
予定参加者数:約280名
○泉州地区協議会
予定実施場所:泉大津市 幹線道路沿い
予定参加者数:約130名
日 時 | 2014年10月25日(土)9:30~11:30 |
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場 所 | 泉南市 岡田浦漁港周辺 |
参加者 | 約130人 |
日 時 | 2014年9月17日(水)9:00~13:30 |
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場 所 | ダイキン工業堺製作所金岡工場,キッズサポートセンターさかい |
参加者 | 11人 |
会員相互の連携・交流を目的とする、大阪南OB会恒例の「こころ合わせイベント」が9月17日(水)に開催されました。
第1回が泉南地区(阪南市)、第2回が泉州地区(岸和田市)、第3回が堺地区(堺市)という事で今回は「ダイキン工業堺製作所金岡工場」と「キッズサポートセンターさかい」の2ヶ所を見学しました。
参加者は現役を含んで11名でしたが、ダイキン工業では会社そして組合幹部の手厚い受入れがあって大変感銘をいたしました。その後、世界に誇る空調機器の先進の生産ラインを見学させてもらい、同じラインで多種多様の製品が流れ、無駄のない人と設備の効率的な生産に感心させられました。それと、実際に冷蔵と冷凍用のショーケースを完備したコンビニをつくり、従業員の福利厚生と店舗のデモンストレーションの一石二鳥にも驚かされました。さらにソリューションプラザでは業務用エアコンや家庭用エアコンを実際に見て触れて、その製品の優秀さを体感させてもらいました。
次に堺東高島屋9階に移動し、キッズサポートセンターさかいを見学。こちらでは①ボーネルンド遊びの世界、②つどい・交流広場、③わくわくプレイス、の3つのゾーンがあって、親子同士が遊んだり、交流したり、相談のできる支援施設になっていました。
堺市が主体となって運営する中で子育てにかかる不安感や負担感を軽減できる施設を目指して作られており、連日沢山の方が利用されているようでした。
少子高齢化の時代、私たちも日本の未来を担う大切な子どもたちの成長のために、何かしらサポートが出来ればと・・考えさせられた1日でした。
最後に、このイベントのために多大なご尽力を頂きました、ダイキン工業の労使の皆さんと堺市雇用推進課の皆さんに感謝を申し上げ報告とさせて頂きます。
(事務局長 宮田浩二)
(2014年9月13日~16日)
<平和学習会に参加して>
日時:2014年9月2日(火)18:30~20:30
場所:エルおおさか
①択捉(エトロフ)生まれの山本さんの講演
1945年8月15日戦争は終わりました。同年、8月28日午前10時過ぎに旧ソ連軍500人が択捉に上陸し、土足で家に入って来て良い物があれば持ち帰ったことから惨事は始まったといいます。(その日は殺人等は無かった。)
17歳以上はパスポートを持たされ、持参しないと外出できない取り決めが出来、隣人とも話も出来ない状態が続いたそうです。日本政府からは兵隊も来ず、何の対応も無かったそうです。
1947年6月、ソ連国籍を取得して島に残るか、嫌なら強制送還の選択を求められ、全員拒否し強制送還が始まったとのことでした。
②北方領土ビザなし渡航報告(UAゼンセン)森原さんの講演
ビザなし交流の意味は、「返せ北方領土」ではありません。
大きな歴史の流れとして、1991年ソ連が崩壊しロシア政府に変わりました。ロシア政府の取った行動は、北方領土に1年住めば給与2倍、2年住むと更に倍、15年滞在すれば55歳から年金が出るというものだったそうです。
現在住んでいる方の、「日本の立場も分かるが永住している私たちはどうしたらいいのでしょうか」との言葉が印象に残ったとのことでした。
既に69年経っていますが、北方領土生まれ・北方領土育ちの方はまだたくさんいらっしゃいます。私も、長期化することで益々問題が複雑になっていくと感じました。
<2014平和行動in根室に参加して>
日時:2014年9月13日(土)~16日(火)
場所:北海道 根室市
当時17,000人の方が島に住んでいましたが、現在10,000人が他界しているそうです。生存者の平均年齢も80歳で、一番若い人が70歳だそうです。元島民の方が、「この問題が100年後に解決されても意味が無いのだ」と訴えておられました。会場にいた皆さんも同感したことでしょう。
私は、前段の学習会があったおかげで、根室(北海道)での「集会」「シンポジウム」の話が良く理解出来ました。
最後に、最終日のシンポジウムでパネラーの方がこんなことを仰っていました。
「“引き分け”という選択肢はないのでしょうか?」
どういうことかと思っていたら、例えば「返還」ではなく、現在の状況はそのままで、元島民の方に戻って頂くことは出来ないのでしょうか?いろんな壁はあるでしょうが、よりベターな「引き分け」を望んでいます。とのこと。
私も同感し、「妥協」ではなく一歩でも前進することを考えることが出来ました。
日 時 | 2014年8月30日(土)10:30~ |
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場 所 | 堺市産業振興センターイベントホール |
参加者 | 約600人 |
連合大阪堺地区協議会は、1990年6月28日に堺高地区協議会として結成以来、25年目を迎えました。結成25周年を記念し、2014年8月30日(土)、堺市産業振興センターイベントホールにて、結成25周年記念事業を開催しました。
当日は、組合員が家族連れで参加し、600名を超える方で、盛況に開催できました。
午前中は、グルメ屋台を開催し、焼きそば、ぎょうざ、ホルモン焼き、おでん、からあげ等を食べ、B級グルメをおなか一杯に楽しみました。
午後からの式典には、連合大阪山﨑会長をはじめ、竹山堺市長や元議長の一瀬さん、田中さんなどたくさんの方にかけつけていただき、25周年記念に花を添えていただきました。
午後のイベントでは、日本橋を拠点に活動しているアイドル「ポンバシwktkメイツ」のパフォーマンスや風船でなんでも作る「Chi-chan」のバルーンショー、テレビでも活躍されている「トニーヒロタ」さんのものまねショーで、会場が大いに盛り上がりました。
結成から25年というこれまでの堺地区協議会の活動に、ご尽力いただいた先輩役員をはじめ各組合の皆様にあらためて感謝いたします。また、今回の結成25周年記念事業を家族のみなさんと一緒にお祝いできたことに喜びを感じました。
これからも堺地区協議会のキャッチフレーズである「笑顔」を増やすように諸活動に取り組んでいきますので、今後ともご協力をよろしくお願いします。
(堺地区協議会 議長代行 川井勇二)
*当日、会場入り口にて「広島県土砂災害救援カンパ」を行い、46,000円ものご協力を頂きました。有難うございました。
(2014年8月8日~10日)
台風11号が接近し、少し不安な中、連合大阪山﨑会長を団長に12名で参加してまいりました。伊丹空港を出発し、長崎空港到着後、少し時間があったので長崎歴史文化博物館を見学し、「連合2014平和ナガサキ集会」に参加しました。
第1部では各種代表あいさつの後、基調講演「2015NPT再検討会議第3回準備委員会報告と再検討会議への展開」について長崎大学核兵器廃絶研究センターの広瀬訓副センター長より公演がありました。その中で広島、長崎で一瞬にして多くの尊い命を奪ったあの恐ろしい核兵器が、未だ世界に約17,300発も存在し、人類は核の脅威にさらされているとのことでした。
第2部では長崎平和推進協議会、継承部会の原田 美智子様より、被爆者の体験談を聞き壮絶な当時の状況、そして被爆してからの苦しみ、被爆障害でいつ死ぬか分からない恐怖などを聞き胸が熱くなりました。
また、『若者からのメッセージ「第16代高校生平和大使」』のみなさんが、被爆地の声を世界に伝える行動を行っていることなどを、しっかり発言していて、大変頼もしく思いました。
2日目は「被爆69周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈願式典」に参加致しました。たくさんの人でメイン会場に入れませんでしたが、会場の少し後ろの高台で様子が良くわかりました。
たくさんのセレモニー、挨拶があったのですが、印象的だったのは、「平和への誓い」被爆者代表の体験談のなかで語られた被爆者の思いです。二度と起こしてはならない戦争、そして安倍内閣総理大臣の始めた集団的自衛権の憲法判断についてのすさまじい批判。同じ思いだったので、うれしくなりました。参加してた安倍さん、「よう聞いときや」でした。
その後、連合主催の「ピースウォーク」(慰霊碑巡り)に参加しました。連合長崎のみなさんが解りやすく説明してくださり、一度個人で来たことがあるのですが、こんなにもたくさんの慰霊碑、展示物等があるとは知らずたいへん勉強になりました。
連合長崎の皆さん有難うございました。
3日目、心配していた台風11号の影響で地方特急と新幹線で帰ることになりました。
今回の「平和行動in長崎」に参加して、改めて核兵器について考えさせられました。人間が作った兵器で同じ人間を殺し、そして被爆者を生み、今も被爆者は苦しんでいます。こんな愚かな事を起こさせないよう、必死でがんばっておられるいろんな団体がいま被爆国日本に沢山あります。私たちは連合を中心に平和運動を伝え、育てていくことが大事だと考えます。
最後になりますが、3日間の行動を参加者12名のおかげで有意義に終えることが出来ました、又、トラベルアイの奥野さん新幹線の手配等有難うございました。
今回「平和行動in長崎」に参加して、核について知ることができました。
核が減っているとは知っていましたが、いまだに、全人類が破滅する核が世界に1万7千発もあるとは、びっくりしました。
被爆者の訴えを聞いて、壮絶な当時の状況、原爆の恐ろしさを聞いて、胸が痛みました。
今年も高校大使として21名の各地高校生が選ばれ(大阪がいなかったは残念でしたが)、立派に決意と平和の願いを語っていただきました。国連欧州本部(スイス)会議に、核兵器の廃絶、世界の恒久平和、そして被爆地長崎の願いを伝えてきてほしいです。
台風の関係で、予定されていた万灯ながしが中止になったのは残念でしたが、三日間貴重な体験ができました。ありがとうございました。
最後になりましたが、事務局のみなさまお疲れさまでした。
(2014年8月5日~6日)
8月5日(火)・6日(水)の2日間、辻本幹事と共に「2014平和行動in広島」に参加させて頂きしました。2日間とも雨天でしたが、傘、カッツパ等を持参していたので楽に行動ができ、暑さも思っていたより暑くはなかったです。
<第1日目>
広島平和記念公園到着後、「ピース・ウオーク」に参加しました。連合広島の青年・女性委員会のメンバーより慰霊碑や記念碑の内容を判り易く熱心に説明され、惨劇の様子が私の心にも伝わりました。
夜からは広島市文化交流会館で「平和ヒロシマ集会~核兵器廃絶と世界の恒久平和の現実を求めて~」というテーマで、広島県原爆被害者団体協議会
理事長 坪井 直さんが被爆体験証言をされました。20歳で被爆し、現在で89歳。被爆69年前の夏、灼けつく日差しは「あの日」に記憶の時間を引き戻したように、罪なき市民の命が絶たれた様子を生生しく語ってくれました。
あまりにも凄絶な体験ゆえに過去を多く語らなかった人々が、年老いた今、少しずつ語り始めています。このような貴重な体験証言は世界の人々に伝え、平和実現への道を共に歩むことを願っています。
集会後、「平和の光」としてサイリューム(光る棒)を参加者全員で手にしながら平和記念公園まで徒歩で移動し、全員の心が一つになりました。
<第2日目>
午前8時に始まった「広島市原爆死没者慰霊式」並びに「平和記念式」にモニターで参加しました。原爆が投下された午前8時15分に合わせて「平和の鐘」が打ち鳴らされ、参列者及び参加者全員が一斉に黙祷を捧げました。
最後に、戦争は人々の家族や、友人、未来の夢をも奪い、人生を大きく歪めるような非人道的行為であり、核兵器の廃絶と世界人類が平和であるように願っています。
(2014年6月23日~25日)
日 程:2014年6月23日(月)~6月25日(水)
場 所:那覇市、南城市、糸満市
参加者:連合堺地区協議会 川井議長代行、豊岡副議長
【行程】
<6月23日(月)>
12:30~ オリエンテーリング・事前学習
15:00~ 平和オキナワ集会 (1,432名出席)
基調講演 「抑止力」と沖縄の未来 講師:柳澤 協二 氏
主催者あいさつ:連合 神津事務局長
地元歓迎あいさつ:連合沖縄 大城会長
平和メッセージ:連合北海道 安田副会長
ピースリレー:連合広島 平上事務局長
平和アピール:連合沖縄女性委員会 上原さん
17:30~ 平和交流会
<6月24日(火)>
9:00~ ピースフィールドワーク 3班に分かれて戦跡を学ぶ
糸数アブチラガマ(南城市)ガマ・・・洞窟やくぼみの方言。
日本軍の陣地壕や倉庫に使用され、戦場が南下するにつれ陸軍病院となった。全長270mの洞窟に600人以上の負傷兵で埋め尽くした。米軍の攻勢が激しくなった病院を撤退したあとも住民と日本兵、負傷兵の雑居状態になった。
ひめゆりの塔、ひめゆり平和祈念資料館(糸満市)
女学生によって編成された看護部隊「ひめゆり学徒隊」。日本軍とともに行動し、看護活動にあたった。
魂魄(こんぱく)の塔(糸満市)
沖縄戦の後、住民の手で建てられた最初の慰霊塔。戦後は、米軍に遺骨収集を許可されなかったが、当時の村長が米軍との交渉で、許可を得、住民による遺骨収集が始まった。約35000体が集められ、周囲を石積みで整備し、骨塚とした。
平和祈念公園・資料館(糸満市)
沖縄復帰記念事業として沖縄戦跡国定公園として整備。
毎年、6月23日「慰霊の日」に慰霊祭が催される。
「在日米軍基地の整理・縮小」と「日米地位協定の抜本的見直し」を求める行動・デモ行進(国際通り)
<6月25日(水)>
9:00~ 対馬丸記念館
1944年8月22日、学童集団疎開の子供たち826人を含む約1600人を乗せた対馬丸は米潜水艦に魚雷攻撃され、10分で沈没し、救助されたのは、59人。
10:40~ 佐喜間美術館
12:30~ 首里城
琉球王国の居城として、王国の政治・外交・文化の中心的役割。戦時中は、地下に軍司令部が置かれた。【沖縄戦とは】
1944/10/10 沖縄各地に空襲、旧那覇市街地90%消失
1945/ 3/23 米艦隊、沖縄本島攻撃。
3/26 米軍慶良間諸島上陸、31日に占領。
4/1 米軍、北谷と読谷に上陸。その後、沖縄を南北に分断し、日本軍司令部は南部へ撤退。
5/31 米軍、首里城地下の沖縄守備軍司令部を占領。
6/23 司令官牛島中将が自決。組織的戦闘が終結。
6/24 米軍、掃討戦を開始。
7/2 米軍、沖縄戦終了を宣言。
【所感】
戦争のない平和な社会を実現させることは、重要な運動としてかかわってきました。
戦争の悲惨さを分かっていたつもりではいましたが、今回、沖縄の平和行動に参加して、沖縄の置かれてきた状況を少し勉強することができ、あらためて、戦争の悲惨さを実感することができました。
戦争の空襲も恐怖にさらされることになりますが、沖縄は、太平洋戦争で、地上戦になったところであり、数多くの住民が巻き込まれることになりました。子供や女学生、女性、お年寄りも多くの犠牲者が出たということをあらためて勉強し、人として生活するには、戦争のない社会にしていくことがとても大切と感じました。
沖縄には、まだまだ戦争の傷跡が多く残っていること、在日米軍基地の問題などもありますが、戦争を風化させずにみんなで、考えることが平和につながると思いました。
日 時 | 2014年6月21日(土)10:00~20:00 |
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場 所 | 大阪府羽衣青少年センター |
参加者 | 40人 |
主 催 | 連合大阪大阪南地域協議会(研修小委員会) |
共 催 | 大阪南地域労働者福祉協議会 |
協 賛 | 一般社団法人 大阪労働者福祉協議会 |
連合大阪大阪南地域協議会と大阪南地域労働者福祉協議会との共催で「第5回ユニオンユースセミナー」が6月21日(土)10:00~20:00に開催されました。
このセミナーの目的は若手組合員の産別を超えた教育と文化スポーツを通しての交流を目的にしており、今回も第4回(前回)と同じく大阪府羽衣青少年センターをお借りして、各産別から40名(男:31人、女9人)の参加者を得てアイスブレーキング、講義、グループディスカッション、クイズラリー、スポーツ交流、バーベキュー大会と盛り沢山のカルキュラムを揃えて開催を致しました。
まず、アイスブレーキングでは田中政和 (大阪ガス労組泉北支部委員長) さんが、導入ゲームを進めていく中で、受講生の警戒心と緊張をほぐしながら徐々にセミナーへの入口へ導いていくという巧みな話術で楽しく進行をして頂きました。
次に昨今若手組合員のいわゆる組合離れが起きている現状の中、組合の存在価値を知ってもらうために、「組合って?」というテーマで木村大介
(シャープ労組堺支部委員長) さんを講師として約1時間45分の講義を頂きました。法律で定められた組合の基本的な用語の説明から入り、運動と活動の仕組み、なぜ政治活動に力を注ぐのか?なぜ民主党支持なのか?労使協調の意義、組合の果たす役割、働きがいのある職場について、GHQを使ってメンタル診断の手法等々、ある会社の事例を交えながら分かりやすく説明を頂きました。
グループディスカッションでは産別を分ける形で4つの班をつくり、それぞれに業種が違うのでお互いに「みんなの仕事を知ろう」ということで、机のない板張りの床に輪になってもらい、更には昼食のパンを食べながらの班別討議になりました。これが功を奏したのか?各班はかなり結束に向けて動き出したのは確かでした。
次にクイズラリーですが浜寺公園内を使い、スタッフ6人が立つエリアにてクイズのパネル(やさしい問題30点、普通の問題50点、難しい問題80点、指定されたポイントでの記念写真100点)を見つけてもらい、回答をするというものでしたが、これこそが班の結束が試される場となって、後の採点に大きく影響される結果となりました。
スポーツ大会では、野外のグランドを使って「班別対抗ドッジボール大会」をおこない砂煙をあげながら1つのボールを追いかける姿は、いつしか私たちを童心に返らせてくれました。
何と言っても大盛り上がりはバーベキュー大会であり、朝からのカリキュラムが全て前座であったかのような楽しい時間となりました。開始前にクイズラリーとスポーツ大会の表彰も行われ、1位~4位までの賞品には格差があって、喜びあり落胆ありでわいわいがやがやと美味しい焼き肉を食べながら、いい思い出をつくって頂けたのではないでしょうか。
セミナー全般を振り返ると、各産別から選出された11人の実行委員(大阪南役員以外)が忙しい仕事の合間を縫って何度か寄ってもらい企画立案をして頂いたこと、当日は朝早くから夜遅くまで大阪南のスタッフ(大阪南役員)が準備と進行を献身的に努めて頂いたことなどがコラボしていいセミナーになったと感謝申し上げます。
そして、休日にも関わらず40名という受講生を派遣頂きました各産別の役員の皆さんにも、合わせて感謝申し上げます。
最後に、このセミナーを機にいつの日か単組、産別、或いは連合大阪(地域地区役員)と各組織を担う新たなリーダーが誕生することを願って止みません。ありがとうございました。
(事務局長 宮田 浩二)
日 時 | 2014年6月13日(金)~14日(月) |
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場 所 | ベトナム ホーチミン |
参加者 | 14人 |
行程表 |
6月13日(金)8時30分関西国際空港集合で始まった大阪南の25周年ベトナム視察は16日(月)8時45分関西国際空港に到着し解団の挨拶を終え無事終了した。丸々4日間の工程はハード。(食事が思うようにならない。なんで、あれだけ海老料理や独特の臭いがするのだろう。)
日頃多くの迷惑を掛けている各地区議長、そして地区の役員の皆さん、今回はこれまでの活動を支えていただいた諸先輩を合わせ総勢14名と若干寂しい人数であったが、こじんまりとし、すべてがひとつになれる団であった。
ベトナム到着と同時に歓迎のスコールは熱帯地方独特とは言え、前日まで40度近くあった気温が32度と過ごしやすくなったというガイドさんの言葉にうなずくも、ジトーとする湿度が首にまとわり着き、バスのクーラーの心地よさがありがたい。
南海金属ベトナム(株)への工場訪問では吉元社長の温かい笑顔に包まれた受け入れが印象に残る。2012年にライセンスを獲得し昨年工場が出来たばかり、従業員も予定の人数までは足らず、育てている所。ベトナムでの事業展開は、日本国という枠で繋がってビジネスチャンスが大きく展開しており、大変やりがいがあり、努力すればするほど実になるようで熱意を感じることが出来た。ベトナムの方は勤勉であるが、会社が教育をしてレベルアップする事で、次へのステップとして転職していくのではと複雑に感じられた。ただ、吉元社長は仕事より文化を教え込むこと、日本人と同じ気持ちを従業員が持ってくれれば南海金属ベトナム(株)が大きくなるとの信念から5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)の徹底をゆっくりしっかり教えているようであった。
戦争証跡博物館は痛々しい生々しい資料と障害者(枯葉剤の影響)が多く居られ、無益な戦争を行ったことへの反省が必要と感じる。
クチトンネルツアーでは悲惨な戦争におけるベトナム人の発想やたくましさを垣間見る事が出来るとともに、ベトナム国民が頑張ったことがアピールされていた。
メコン川クルーズにおいては、茶褐色の川をポンポン船で島に渡ってのハチミツ工房と小船でのジャングル?を見学であったように感じるも、スコールによる停電と私達のツアーしか居ないのかとてものんびりとしたひと時が流れていた。ニシキヘビとの記念写真しか記憶にないが、たくましさを見せたのは女性陣であり、ナンボ運に恵まれるからと言っても触れたくない。
ガイドのリンさんのおかげでスムーズに4日間のベトナム旅は終了した。今回のベトナム視察は、茶色い川のイメージとバイクがどんだけ普及しているのかベトナム人のタフさを知る事になった。食事が合えば自分自身としてはとてもすばらしい旅であったのだろう。3キロやせ肉体的にはハードであったが、見聞多く人生の巾が広がる旅であった。
空港に降り立った時は曇り空だったのが、入国手続きを終え空港ビルを出た途端、突風とともに激しいスコールの洗礼を受け、今回の研修の先行きに一抹の不安を覚えるスタートとなりました。バスに乗り換えてホーチミン市内に入ると目に飛び込んできたのは、凄い量のバイク・バイク・バイクでした。いたるところでクラクション(自車の存在を示すためらしいですが)が鳴らされ、車と大量のバイクが激しく行き交いながらも渋滞することなく一定の流れで動いていることに感心しました。ホーチミン着が夕刻でしたので、懇親会を兼ねた夕食会で視察団の懇親を深めました。
翌14日は、ホーチミン市内からバスで2時間以上移動し、ドンナイ省ニョンチャック第3工業団地にある南海金属株式会社ベトナム工場を視察見学しました。
工場に着き、吉元浩幸ベトナム工場社長からベトナム情勢や会社概要などについて説明を受けました。ベトナムでは、2014年から2015年にかけて日系企業の進出が著しく、北部は大手企業が中心で、南部は中小企業が中心になっていて、この第3工業団地にも日系企業約30社が入所しており、今後も進出が予定されているようです。労務に関する問題点については、現地採用の従業員は、日常の挨拶から教育していかなければならないようです。また、ベトナムでは転職する度にスキルアップしていくことが普通であるため、有能な人員を確保するとともに、技術の継承と人材の育成を継続しておこなっていくことが課題とのことです。現在の従業員は将来の幹部候補生と位置付けており、今は週末などにコミュニケーションを図ることを心がけているようです。余談ですが、敷地内の芝生のグランドに手製のサッカーゴールが置かれていて休憩時などに汗を流していて、最近は周辺の会社からも参加する人が増えて地域のコミュニケーションにも役立っているようです。
吉元社長の案内で施設内を見学しましたが、工場は2013年7月に竣工した新しい施設で事務所棟と工場棟が一体化しており、事務所から工場内を見渡せるのが特徴的でした。工場棟内は、屋根に断熱材が張られており気候対策が施されていました。溶接ロボットなど一部が稼働したばかりで、これから本格的な操業になっていくようです。3年後には人員も100人体制に増やしていく予定だそうです。事務所棟にはロッカー室やランドリー室の他に、将来の従業員増に備えて広い食堂が完備されていました。
施設見学後、いくつかの質疑応答をおこない、最後に吉元社長から「風習や文化の違う国で慣れないことばかりですが、人と人との繋がりを大切にして日本の良さをベトナムに伝えていきますので、皆さんも組合員のためにしっかり活動してください」との言葉をいただきました。
午後からホーチミン市内にある戦争証跡博物館・統一会堂(旧大統領官邸)・中央郵便局を見学しました。戦争証跡博物館では、ベトナム戦争を中心とする各戦争や事件などの証跡が展示されており、侵攻や抗戦を繰り返してきたことよる最悪の結末を目の当たりにしました。比較的近年の戦争であったため、写真(カラー写真も)や資料が多く、その悲惨さがリアルに伝わってきました。特に枯葉剤散布による胎児への影響は今も続いており、戦争の恐ろしさを痛感しました。
15日は、ベトナム戦争中に掘られたクチトンネルを訪れました。このトンネルは南ベトナム軍およびアメリカ軍からの攻撃に対し、南ベトナム解放民族戦線の要塞基地として北ベトナムの支援のもとに作られました。このトンネルは全長約250kmにもおよび、内部は軍関連施設だけでなく、人々が生活する住居はもちろんのこと、学校や病院などもあり、地下3階まで掘られていたようです。アメリカ軍に「ゲリラはどこにもいないが、どこにでもいる」と言わしめたのが印象的でした。ただ、村や国を守るためとはいえ、前線で闘う人たちの戦績に対する意識や評価などを考えると複雑な思いでした。その後、ミトーへ移動しメコン川の中州の島で暮らす人たちの生活に触れるとともに、今もなお生い茂っている原生林の雄大さに目を奪われました。
今回の視察研修で学んだこと、経験したことを今後の活動に活かしていくとともに、絆を確認した泉州地区・泉南地区・堺地区の三地区協議会が一体となって大阪南地域協議会を盛り上げていくことを誓い、さらに今回行動を共にした仲間の皆さんに感謝し報告といたします。
連合大阪南地域協議会、結成25周年記念事業としてベトナム視察研修団(2014.6.13~16)に参加させて頂きました。南シナ海の石油掘削を巡って、ベトナム船と中国船が衝突し、両国の対立が緊迫する中での視察で渡航の中止も心配しましたが、無事に出発・帰国する事ができました。
熱帯モンスーン気候に属する視察場所のホーチミンは朝・昼・晩とにかく暑く、夕刻の4時半頃にはスコールが降り注ぎ、国民の交通手段は、ほとんどがバイクでクラクションを鳴らしながらの走行、実際、横断歩道を青信号で横断するのも命懸けで横断した有様でした。また、帰国時の飛行機の遅れは、心身共に疲れ果てました。
さて、道中日記ですが、大阪南・堺・泉南の議長が詳しく記載してくれる様なので、私見のみで報告させて頂きます。
まず、南海金属株式会社ベトナム工場様の視察ですが、操業間もない事もあり綺麗かつ整然とした印象を受けました。職業柄、水道管や機械の配管を丹念に拝見しましたが、コマが主流で瓢箪が一つで指輪はナシ・・・。まだまだ、発展して行く国ですので、水道やガス等の市場はここに有りと思ったしだいです。
また、工場と事務所がガラス張りの見渡せる建家の造りは特徴的でしたので、以前、他国を訪問した経験を踏まえ、嫌な質問をしたところ、監視カメラは設置していません、と共に、日本の風土を定着させたい思いです、と大人の回答がありました。そして、社会的・社内的教育について伺った処。ベトナムは学業的には向上心に溢れ、転職によりスキルを上げていく風土であるが、時間的にルーズであり、信用・信頼=契約である。社内的には日本の風土、挨拶・5Sを中心に教育しているとの回答がありました。また、ベトナムの最賃等踏み込んで伺い、生の実情も教えて頂きました。私も製造業であり、日本が世界で今後も躍進するには、技術力=品質しか勝ち目はないと改めて肝に命じる工場視察でした。
余談ですが、すぐのお隣に、当社のグループ会社の工場があり、事前に情報があれば視察できたのではと悔いが残っています。
そして、もう一点、必ず記載しなければならないのが、戦争証跡博物館です。国内や海外でも多々、戦争史を展示する所を見てきましたが、これほどカラー写真の多い博物館は見た事がありませんでした。戦利品の様に、泣く子供の首にナイフを突きつけ笑顔を向ける兵士やバラバラの遺体と共に親指を挙げ映る兵士等。正常な精神ではいられなくなるのが戦争の一番の酷さなのだと痛感しました。また、ベトちゃんドクちゃんがあまりにも有名ですが、枯葉剤散布による人体影響はベトナム国民のみならず、アメリカ帰還兵にも甚大な影響を及ぼし、それも遺伝作用が起こっているとの説明もありました。これを追跡取材している日本人報道カメラマンのコーナーでは、日本語で説明されている事もあり、足が止まった事を覚えています。
現在、集団的自衛権等が議論されています。勿論、近隣諸国の暴挙とも言うべき振る舞いや行動には憤りさえ感じている所ですし、一定の抑止にもなるかも知れません。しかし、ひとたび引鉄を引けば前述の兵士の様に互いになるのだと思っています。私達は、労働運動と平和行動に重心を置き活動する連合として、今の右の右には声を大にして、否と言い、今後も活動をしなければと、ベトナムの地で考えさせられました。
実質、現地2泊でバス移動に費やした慌ただしい工程でしたが、現地に行き、見て・聞かなければ得る事の出来ない体験をさせて頂いたと思っています。また、夕食後のホテルでの自由時間では、一番広い不気味なノックがされる部屋にベトナム7が集まり、様々な議論をしながら懇親を深め、連合大阪南Team佐々木を確認する事が出来ました。
今回のベトナム視察研修団は有意義な周年事業であったと思っています。
6月13日(金)~16日(月)の日程で視察研修としてベトナムへと行ってきました。
今回は泉南地区の代表として参加させて頂き、佐々木議長を筆頭に3地区議長と、連合大阪から岩﨑部長、前議長の鎌倉氏を含む総勢14名での出発となりました。
初日は飛行機の移動のみとなり、夕食までは少し時間があったので周辺散策をしましたが、バイクの多さに圧倒され、信号に関係なく左折してくるので横断歩道を青で渡るのも勇気がいるほどでした。
後で聞いた話では、バイク(125cc)が主流で日本製のバイクが多いこと、現地ではバイクの事をホンダとも呼ぶそうです。他国と比べても性能がいいという事で、日本のモノづくりの信用がブランドになっていることにベトナムで知ることになりました。
2日目は朝から視察として南海金属ベトナム工場へ、昨年10月に施工されたばかりのきれいな工場で、事務スタッフは日本人の吉元社長と現地スタッフ2名、工場の方は10名ほどで運営をされていました。ベトナム進出理由としては人件費と、親日であるのと台湾系の人が多くホーチミン市内から1時間以内で他の工場団地が多くある事などでした。
困っている事は、ベトナム人は転職をしてスキルUPし、給料を上げていくので離職率が多い中での人材育成で事務所には挨拶、5Sなど基本的な事を書いたボードが置いてありました。今後はスタッフを増やしていきながら規模拡大していくそうです。社長の話の中で日本に居るのと出来ない事が海外進出することで出来るのが大きいと言っていました。日本では大手企業と会うのも難しいが海外で働く日本人ということでベトナムでは大手企業とも会えるし、新規開拓もやりやすいそうです。同じ日本人という事で同じ環境で働く人たちが繫がっていく事に共感しました。
午後からは旧大統領跡、中央郵便局、戦争証跡博物館を順次見学をしました。
大統領官邸内には、幾つもの大部屋、小部屋に分かれていて、当時の政治状況が伝わってきますし、また、4階建ての屋上まで上ると、陸屋根の真ん中に迷彩色のヘリコプターが置いてある。革命、騒乱などの際に、最後の逃走手段として置かれているもので、過去の大統領で、何人がこのヘリコプターのお世話になっただろうか、その他の内外装、敷地、などは全く当時そのままの状態で、人々にオープンしている。それが歴史から学ぶいい機会になりました。
戦争証跡博物館では、特に目を引いたのは枯葉作戦でした。興味を持ったので後日調べてみると、ジャングルを巧みに利用して戦うゲリラに対抗するために米軍が使った除草剤の一種で、米軍はこの化学剤で人間をどうこうしようとは思っていないようでした。
もし人間が対象だったのなら化学兵器など使うよりナパーム弾などの焼夷弾でジャングルを焼き払った方が遙かに簡単で、それをやるとゲリラだけではなく一般人まで被害を受けることになります。アメリカがやっていたのは南ベトナム共和国を崩壊させようと謀るゲリラ達の追討であって一般人はむしろ保護対象でしたから、米軍はむしろベトナム人に気を使って枯葉剤を使い、セスナで除草剤を広大な畑に撒くようなアメリカ人にとって枯葉剤を森林に撒くことはそれほど抵抗がなかったのですが、森林に住む多くの人々に枯葉剤が撒かれることになり多くの人々に健康被害が出ることになってしまったのです。
ダイオキシンの人体への作用は皮膚病変、それと免疫系、神経系、内分泌系、生殖器系に障害をもたらすとされています。奇形の子供が産まれるというのは、女性の生殖器系が子供を健全に発育させる能力を持てなくなるからそういった子供が生まれるというものなのです。
ところがダイオキシンには遺伝子に作用する能力など無いにも関わらずその子孫に被害があったという話が論じられているそうです。どう考えてもありえない話まで枯葉剤のせいだとされているので、博物館での説明と少し違うので戸惑いましたが、事実ダイオキシンの人体への影響で多くの一般人に被害が出たことも事実です。
最終日は先にクチトンネルの見学となり、ここは人民が堅固に抵抗した場所で、戦時中に様々な戦略に対応した所で、ベトナムに勝利をもたらした要因の一つとして知られています。全長200キロメートルにも及びその一部見学用として実際入りましたが、身をかがめて何とか歩けるほどの小さい穴でしたし、電気が付いていたからいいようなもの、当時は真っ暗な中で生活を続けながら粗末な手製の武器や古風な落とし穴戦術などで米軍に対して熱く、解放を勝ち取る戦いがどんなに苦しいかを知ることが出来る場所でした。
午後からのメコン川クルーズでは素朴な雰囲気の中、小舟に揺られ楽しいひと時をすごせました。
今回のベトナム視察に参加し、この国も戦争という大きな犠牲の上に成り立っている、そしてそこからの経済成長を続ける力を肌で感じる事となり、今後はこの経験を活かせるように地区・地域で頑張っていきます。
飛行機で5時間15分。席替えで損をしたり携帯電話の数を咎められたりしながらなんとか全員無事にベトナムへ到着。機長の言葉通り現地の天候は晴れ。とりあえず良かった…と思った矢先に空が暗転してスコールが来た。聞いていた通りの降り方にしばし感動する。
ホテルはとても綺麗で、心配していたアメニティグッズも揃っていた。休憩後、皆で夕食を食べにホーチミン市街へ。帰宅ラッシュのバイクに全員驚きを隠せない。それを避けて走る車もすごいし、横断する歩行者はもっとすごい。
レストランではトイレの鍵が壊れていたので一人で行かず正解だった。帰りはタクシーでホテルへ。運転がまるでアトラクションの様に乱暴なのに、運転手がシートベルトをする気配は全く無い。「安全」がまだ育っていない国なのだと感じた。
翌日は8時ロビー集合で南海金属株式会社ベトナム工場へ向かう。郊外へ行くと新しい高層マンションが目立つ。クレーンの多さに発展途上国であることを感じさせられた。
ガイドのリンさんによると、ベトナム社会は1986年のドイモイ(刷新)政策以降少しずつ豊かになっているそうだ。社会主義国だが、半分資本主義のようだとか。また、バイクが多い理由は、車の税金がとても高いことにあるらしい。しかもローンが無いので、車も家も買う時は一括払いしか出来ないと話していた。
1時間も走ると、シダ植物が生い茂り、河が自然のままの形で横たわっている。高速道路は空いていて、バイクは一台も見かけなくなった。やはり車は一部の富裕層のみなのだろう。時々ナンバープレート辺りに花を挿している車を見掛けるのでリンさんに聞いてみると、事故が多い為、ドライバーは毎朝無事をお祈りして車に花を供えるそうだ。それならまずシートベルトをすればいいのにと思った。
更に走ると田舎の町に出た。湿地帯を抜けたらしい。牛やアヒルがたくさん放し飼いにされている。貧しい商店の連なりを越えると急に道が広がり大きな工場が現れた。ここが南海金属ベトナム工場のあるドンナイ省の工業団地だ。
南海金属ベトナム工場はまだ新しい工場で労働者も少ない。将来的には100人以上雇う計画らしいが、今はまだ十数人だろうか。全てがらんとしている。
社員教育で難しいことは、挨拶が出来ない人が多いこと。文化の違いでもあるが、積極的なコミュニケーションが苦手なのだとか。社長の吉元さんは、「こちらから言わなければ報告も無く困ることもあるが、これから根気良く教育して行きたい。」と話していた。
午後からは旧大統領官邸と中央郵便局へ。石高さんと三井さんが日本へポストカードを出す。さすがJP。
その後の戦争証跡博物館では枯葉剤の恐ろしさを写真で改めて思い知る。途中で気分が悪くなり、ベンチで休む。ギロチンの横には刎ねた首を掲げているパネルもあった。オブラートに包むことはしないようだ。
最終日に訪れたクチは、昨日のドンナイ省より更に田舎町だ。のんびりした空気が漂う。ここで昔激しいゲリラ戦があったなんて信じられない。
最初に日本語のビデオとリンさんの説明でクチトンネル(戦時中作られた地下道)についての知識を得、実際にジャングルを歩く。地下で生きていく為の空気穴や煙を逃がす工夫に感心すると同時に、残酷な落とし穴や地雷の存在に恐怖した。どちらの兵も、辛く恐ろしく苦しかっただろう。
そんな中、途中に射撃体験場があったり、ライスペーパーやサンダルを売っていたりして、違和感と言うか、国柄の違いを改めて感じた。
一時間半ほどでクチを後にし、ミトーへ向かう。メコン川の船着き場から20人くらい乗れる船で中洲の島へ。雨でぬかるんだ道を注意しながら進む。まずココナッツを割る作業を見学し、キャラメルを勧められる。次にハチミツを取る作業を見学し、ローヤルゼリーとプロポリスを勧められる。その後、フルーツを食べながら伝統楽器の演奏を聞く。幼子を含む貧しい一家が演奏し、最後に歌いながら肩を叩いてチップを要求してくる。チップ制度に慣れないので、つい普通に請求して欲しい…と思ってしまう。
最後に4人乗りの船で細い川を20分くらい下る。丁度雨が止んで良かった。茶色く濁った水に現地の人達が平気で飛び込んでいたのが印象的だった。ちなみに、この船も最後にチップを渡す方式らしい。
16時にミトーを出発。18時ホテル着。この日の晩ご飯は自由だったので、カジュアルなフォーのお店へ。地元の人もたくさん居て、今まで食べた中で一番美味しいベトナム料理だった。
リンさんと空港で握手をして別れ、搭乗手続きへ。理由は良く分からないが何らかの不備があり飛行機の出発が約2時間遅れたが、なんとか無事に離陸し、日本へ帰り着くことが出来た。
長い旅だと思っていたが、思い返せばあっという間だった。今回吸収してきた知識と感覚(また、その相違)を、今後の仕事に広く役立てられればと思う。
日 時 | 2014年5月29日(木)~30日(金) |
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場 所 | 熊本市 |
参加者 | 連合堺地区協議会 藤原議長,川井議長代行,猪井副議長,吉田事務局長 |
【行程】
<5月19日(木)>
開会 熊本県営業部長(くまもん)が出迎え
主催者あいさつ 連合熊本・熊本地域協議会 古澤議長
連合熊本 佐々木事務局長
熊本市 牧副市長
講演① 熊本市の現状 熊本市企画振興局 萱野次長
・平成24年4月政令指定都市へ移行。人口73.9万人。
・新幹線開通により観光客の大幅増
・なす、西瓜、みかん、メロンは全国有数の産地
・将来にわたり人口70万人規模を維持し、都市機能や住民生活の質を向上させる都市をめざす。そのために定住促進、少子化対策、交流人口の増加に取り組む。
講演② 水俣病問題と課題 園田弁護士
・公害の原点と言われる水俣病は、1956年5月公式確認されてからもなお未解決。
・企業や国、県は、原因等を隠蔽し公害を小さく見せようとし、対策が遅れ、被害者の増大につながった。
・被害者の症状により、認定されにくいこともあり、患者数は不明。
地協報告① 仙台地域協 星議長
・東日本大震災直後から最近までの状況を紹介
・復興に向けて、住宅問題、雇用情勢等まだまだめどが立たない状況
・全国の連合の支援活動に感謝
地協報告② 京都地域協 木村事務局長
・2015年6月4日(木)~5日(金)の開催予定地
・京都市の観光状況報告
<5月30日(金)>
熊本城視察,阿蘇中岳火口視察
【所感】
熊本市は、将来も人口を維持するように年代別にライフステージに応じた住み替え促進を創造したり、働くための育児支援に取り組むなど少子化対策に強化されていることがわかりやすかったです。熊本城など観光名所では、外国人も多数みられ、多くの観光客があり、観光ビジネスの盛り上がりを感じられました。
その中で、お土産には、どこにでも「くまもん」が見られ、絶大な経済効果を実感しました。
(堺地区協議会 事務局長 吉田大輔)
熊本市は九州3番目の政令指定都市として3年目を迎えた。九州新幹線の開通もあり、観光・経済の中心地として発展している。県庁所在地ということもあり、堺市と比較するとかなり活気あふれる街に感じられた。
熊本城を中心とした歴史文化、馬刺し・からし蓮根とった食文化、また、市内上水道の100%を阿蘇山麓の地下水で賄う自然にも恵まれ魅力の多い都市であり、人口は上回る堺市をどう繁栄していくのか考えさせられる2日間であった。
日 時 | 2014年5月24日(土) |
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場 所 | 浜寺公園 |
参加者 | 67人 |
去る、5月24日(土)第3回堺地区マラソンソフトボール&BBQ大会を、浜寺公園にて実施しました。例年心配されていた、天候にも恵まれ(議長のパワーダウンのおかげ?)組合員とご家族を含め、67名の参加をいただき盛大に開催することができました。
マラソンソフトボールは、「目指せ!30イニング」を目標に、「チーム議長」VS「チーム事務局長」で対戦しました。珍プレーあり、好プレーあり、終始笑顔でのゲームとなりました。結果は、21対44で事務局長チームの勝利となりましたが、ケガなく楽しく終えることができてなによりでした。
目標にしていた30イニングには届きませんでしたが、前回を上回る20イニングを達成できました。次回こそ、目指せ!30イニング達成に向け、1年間各産別での体力づくりに励んでいただければと思います。
チーム | 1回 | 2回 | 3回 | 4回 | 5回 | 6回 | 7回 | 8回 | 9回 | 10回 |
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G | 0 | 1 | 1 | 2 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 10 |
J | 9 | 0 | 6 | 3 | 8 | 3 | 0 | 0 | 0 | 2 |
11回 | 12回 | 13回 | 14回 | 15回 | 16回 | 17回 | 18回 | 19回 | 20回 | 合計 |
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1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 4 | 0 | 4 | 21 |
0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 5 | 2 | 1 | 1 | × | 44 |
引き続き実施した、BBQ大会では、産別の枠を超えた交流がなされました。渇いたのどに染み渡るビール、おいしく焼けた肉、グループ独自の塩焼きそばなどなどそれぞれに組合員間の親睦が図れました。
今年は、産別内の行事と重なってしまい、参加できなった単組もありました。来年は、100名の参加者を目標に取組んで行きたいと思います。
(堺地区協議会 事務局長 吉田大輔)
5月1日、前日までの雨模様から一転、強い日差しの混じる絶好のメーデー日和となった「ハーベストの丘」で、私たち働く仲間の祭典「第85回堺地区メーデー」が家族も含めて3000人という多くの参加者が集まり、今年も盛大に開催されました。
堺地区のメーデースローガンには、毎年「笑顔」というキーワードをテーマに盛り込み、今年も昨年と同様に、『働く仲間が結集し、「笑顔」あふれる暮らしのできる安心社会をつくろう』をスローガンに開催されました。
会場内に設営されました「笑顔のコーナー」では事前に募集して集まった沢山の笑顔の写真を見ながら見ている人も笑顔になり、まさに笑顔のコーナーとなりました。
式典につきましては情報労連の沖林議長と日教組の由利議長の見事な進行により進められ、冒頭の藤原実行委員長のあいさつでは、「安倍総理は、連合中央メーデーにおけるあいさつの中で、経済政策推進のためには、経営者も労働者もないという主旨の発言があるが、働く者の犠牲の上に立った経済政策など長続きするはずがない。このことを街頭行動などを通じて広く訴えていきたい。さらには堺市長選挙においては、連合堺地区は早い段階から竹山市長の再選に向けて活動を行って、堺市は誰のものでもなく堺市民のものであるという意思表示ができた。竹山市長にはこれまで以上に労働施策に力点を置いていただき、堺市で生まれ育った若者が堺市内で働きたいと思えるような産業施策・雇用施策を推進していただきたい。連合堺地区は、これからも堺市とともに「笑顔で働けるまちづくり」を進め、来年4月の、統一地方自治体選挙では働く者の声を地方から発信していくために、連携する自治体議員と早い段階から政策のすり合わせをおこない、協力共闘関係を築き上げて連合推薦候補者の必勝へ向けて諸行動を展開していく」などの力強い挨拶があり、会場から拍手が湧き上がりました。
ご来賓には連合大阪南地域協議会の佐々木議長、堺市の竹山市長をはじめ、各級議員、民主党各支部役員、大阪府と堺市の行政幹部の皆様、部落解放同盟堺支部の皆様、近畿労金・全労済の代表の皆様など多くの方々にご臨席をいただき、それぞれ代表の方々にご挨拶をいただきました。
自治労堺市職員労組 中野大会書記による祝電披露に続き、基幹労連日新製鋼労組阪神支部 清水和弘さんよりメーデー宣言(案)と、さらには尾崎企画副委員長よりメーデー特別決議(案)が提案され、それぞれ満場の拍手で採択されました。最後に猪井企画副委員長の発声により力強い「ガンバロウ三唱」で無事に式典を閉会いたしました。
式典終了後は、今回はじめて企画した全員参加のじゃんけん大会とお待ちかね恒例の福引大会が開催され、大盛況のうちに終了いたしました。
最後になりますが、多くの商品や協賛金をご提供いただいた組織の皆様、準備運営に携わっていただいたスタッフの皆様、ご協力誠にありがとうございました。
(堺地区協議会第84回メーデー企画委員長 浪瀬敏文)
晴天に恵まれた5月1日(木)、岸和田市立浪切ホールにおいて、第85回連合泉州地区メーデーが開催されました。本年も平日開催に関わらず、泉州地区で働く仲間とその家族1,020名もの方々にご参集いただきました。
第一部では、開会宣言ののち、 主催者を代表しての 連合泉州地区協議会
野内議長より挨拶がおこなわれました。
「2014年春闘において、要求・妥結金額も昨年より上昇傾向にあるが、ベアや処遇改善などで数字を作ったのは、政権ではなく、個別の労使が真摯に議論した結果ある。短期的な議論だけでなく、中期的・長期的に議論を進めていきましょう。今後も連合泉州地区は、愛と絆を基軸とし、「働く事を軸とした安心社会」実現のために、活動を展開していく。」と力強く訴えられました。
また、連合大阪を代表して連合大阪大阪南地域協議会 中野議長代行からは、来年おこなわれます統一地方選について、「今後、連合推薦の選定が加速されると思いますが、私達労働者だけでなく、この国で暮らす国民全員が、安心・安定・安全に暮らせる行政へと変革するために、来春の統一地方選に連合推薦の候補者を改めてお願い致します。私達の手で変えて行きましょう。」と必勝に向けた熱い思いを感じた挨拶をいただきました。
その後、大阪府総合労働事務所南大阪センターの北野センター長より松井大阪府知事のメッセージが代読され、連合大阪泉州地区の行政4市1町の首長を代表して岸和田市 信貴市長からは、「世間では、アベノミクス効果により景気が良くなったと言われているが、泉州地域では実感できにくい状況である。このような中、働く者が安心感・充実感を持てる地域づくりができるよう、4市1町の自治体が力を合わせ地域経済の振興、活性化に向けてより一層取り組んでいく」とのあいさつとがありました。
続いて民主党大阪府連第18区総支部 田中総支部長代行より「民主党として労働者関連法案の改悪阻止に向けて力強い行動を行っていく。今後さまざまな選挙の勝利に向けて皆さんの結集をお願いしたい」とのあいさつがありました。
住友ゴム労組 山口早苗さんから「メーデー宣言(案)」が読み上げられ、続いて坂林副実行委員長よりメーデー特別決議(案)提案の後、満場の拍手で採択、田中副実行委員長の閉会の挨拶、力強い発声による「団結がんばろう」で締めくくりました。 (多少のハプニングはありましたがご愛敬ということで・・・笑)
このあと、第二部では昨年に引き続き、更に進化を遂げた北海鉄工労組の出身のブルドーザー商事さんの漫才で大いに盛り上がりました。
最後は恒例の丸谷副実行委員長が司会となり、泉州地区大抽選会が催され、組合員と家族の絆が深まりました。
(泉州地区協議会第85回メーデー実行委員長 石井 貴伸)
連合泉南地区協議会では、4月27日の日曜日に「力合わせよう!心つなげよう!みんなの暮らしの底上げ実現のために」をスローガンとした第85回泉南地区メーデーを開催しました。当日は休日ということもあり、連合に結集する多くの仲間約1,000人が貝塚市コスモスシアターに集い、小川事務局長の司会により進行されました。
第一部では、冒頭、連合泉南地区協議会の宮﨑議長より「東日本大震災を風化させないために連合へ結集するとともに、産別を超えた顔合わせ・心合わせによって、泉南地区での輪を広げ、私たちが求める『働くことを軸とする安心社会の実現』に向けて頑張ろう。また、5月に実施される泉南市長選挙・泉佐野市議会議員選挙では、連合大阪の推薦する候補者の必勝に向けて望んでいくので、参加者皆さんの多大なるご理解とご協力をお願いする」と主催者代表あいさつがなされました。
次に来賓の方々からのあいさつがあり、連合大阪大阪南地域協議会の佐々木議長からは「本年の春季闘争では、労使交渉の結果、多くの単組で一定の回答が導き出せたと聞き及んでいる中で、現在交渉中あるいは今後交渉予定の単組に対しては、連合大阪として可能な限りのバックアップを行うともに、今後は、組合員とその家族の笑顔が見られるような取り組みを充実させていきたい」との連帯のあいさつがありました。
その後、大阪府総合労働事務所南大阪センターの北野センター長より松井大阪府知事のメッセージが代読され、続いて、泉南地区の行政4市3町の首長を代表し、藤原貝塚市長からは「世間では、アベノミクス効果により景気が良くなったと言われているが、泉南地域では実感できにくい状況である。このような中、働く者が安心感・充実感を持てる地域づくりができるよう、4市3町の自治体が力を合わせ地域経済の振興、活性化に向けてより一層取り組んでいく」とのあいさつとがありました。
また、連合推薦の各級議員団を代表して、尾立参議院議員から「民主党として労働者関連法案の改悪阻止に向けて力強い行動を行っていくので、今後、さまざまな選挙の勝利に向けて皆さんの結集をお願いしたい」とのあいさつがあり、続いて、民主党第19区の長安総支部長から「働く皆さんが置かれている苦しい状況をしっかり国政に届けるためにも、次回総選挙で再選を果たすべく取り組んでいく」とのあいさつがありました。さらに5月18日に実施される泉南市長選挙・泉佐野市議会議員選挙において、連合大阪が推薦決定している竹中前泉南副市長・野口泉佐野市議会議員からも当選に向けての力強いあいさつを受けました。
司会者から祝電メッセージが披露された後、JAMテザック労働組合の高橋さんから「メーデー宣言(案)」が、自治労阪南市職員組合の奥野さんから「メーデー特別決議(案)」がそれぞれ提起され、満場一致の盛大な拍手で採択された後、式典の最後は、杉山議長代行による閉会あいさつと「団結がんばろう」三唱で締めくくられました。
第二部では、石田副議長の進行により、恒例の大抽選会が開催されると同時に、会場ホワイエでは、JP労組による「風船パフォーマンス」と日教組による「むかしの遊び体験」が催され、多くの子どもたちや家族連れで賑わいました。また、会場の出入口では、泉南地域4市3町の観光パンフレットが設置され、多くの参加者が各市町のパンフレットを持ち帰るなど、例年にも増して大いに盛り上がりました。
(泉南地区協議会事務局次長 木村浩之)
日 時 | 2014年2月1日(土) |
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場 所 | ホテルレイクアルスターアルザ泉大津 |
参加者 | 112人 |
大阪南地域協議会前議長の「鎌倉幸信さんの労をねぎらい感謝する集い」を2014年2月1日(土)泉大津市のホテルレイクアルスターアルザ泉大津にて112名のご参加者を頂き、盛大に開催することが出来ました。
鎌倉さんにおかれましては、2001年12月8日連合大阪南地域協議会事務局長に就任、2003年11月7日に議長に就任されましたが、その期間中は堺市から岬町までの9市4町に働く労働者の労働条件の維持向上に努められ、加盟組織の指導等、健全な労働運動の推進に尽力されました。また、同期間中は連合大阪執行委員として大阪府で働く労働者の労働条件の維持向上にも努められ、私たち後輩に「絆」という大きな財産を残して頂きました。
もっともっと鎌倉さんのご功績を紹介しなければいけませんが、感謝する集いに際し5市2町(堺市、高石市、岸和田市、貝塚市、阪南市、田尻町、岬町)の首長の皆さんを始め各級議員、前議員の皆さん、大阪南OBの皆さん、労組役員、地域・地区役員の沢山の皆さんが駆けつけて頂いたことが、鎌倉さんの功績を湛える何よりの裏付けであります。
さて、感謝する集いの前半では鎌倉さんには内緒で奥様とご長男のご家族(奥様、長女、次女)計5名の皆さんにサプライズゲストとなって登場頂きました。
この作戦で一番難しかったのは、当日ご家族が来ることをいかに鎌倉さんに悟られないかでありました。実際危ない場面もありましたが、奥様の機転により何度かその危機を乗り切り本番にこぎ付けた訳であります。最初に会場に登場頂いた着物姿の奥様を見て、鎌倉さんは「演歌歌手」が登場したと勘違いされたそうでありまして、どきどきハラハラのこの企画は大成功でありました。
その後もイベントは続き、孫娘さん2人からの花束の贈呈、奥様からは赤いハッピの着せ替え、そして大阪南OB会、各3地区協議会、近畿労働金庫堺支店、全労済からそれぞれ記念品の贈呈がありました。更には3地区協を中心とした沢山の役員の皆さんからの楽しいメッセージビデオの上映もあって会場は大いに盛り上がりました。
鎌倉さんにおかれましては、これからも益々ご健勝でご活躍頂くと共に、引き続き私たち後輩へのご指導とご鞭撻をお願いして感謝の集いの報告とさせていただきます。
(事務局長 宮田 浩二)